大判例

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盛岡地方裁判所 昭和45年(ヨ)122号 判決

申請人

大沢栄子

右訴訟代理人

菅原一郎

菅原瞳

被申請人

岩手県経済農業協同組合連合会

右訴訟代理人

永井一三

主文

1  申請人が被申請人に対し雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。

2  被申請人は申請人に対し、金三三万三〇〇〇円ならびに昭和四六年三月以降本案判決確定に至るまで毎月二一日限り三万二九〇〇円を仮に支払え。

3  訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実《省略》

理由

一、次の事実は当事者間に争いがない。

1  被申請人は岩手県内の農業協同組合をその会員とし、会員およびその組合員の経済的利益の追求を目的として事業を行う連合会である。

2  被申請人は従前からその事業所、事務所等に通常雇傭の一般職員と臨時職員を配置して業務を執行してきたが、昭和四〇年四月一日に准職員制度を採用し、従前からあつた「従業員就業規則」のほかに新たに「准職員就業規則」を設けた。

3  その結果、従来の臨時職員は従前から従事していた職種により、「事務雇員」「タイピスト」「事務オペレーター」等に区分されて准職員となり、右准職員就業規則の適用を受けることとなつた。

4  申請人は昭和三六年以来臨時職員として被申請人に勤務していたが、前記准職員制度が設置された際、准職員の事務雇員となりその職務に従事してきた。

5  被申請人は昭和四五年四月三〇日申請人に対し、同人がその前日の四月二九日に准職員就業規則一五条一号に定める満三一才の停年に達したとして退職辞令を交付し、以降申請人を従業員として扱わず、かつ同年五月分以降の賃金を支払わない。

二、准職員就業規則一五条一号には当初事務雇員の停年を三〇才とする旨規定されていたが、昭和四四年三月二五日に被申請人と労組との間に右停年を三一才とする旨の協定が締結されたため、就業規則もそのように改められたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば一般職員の停年はその職種を問わず五五才とされていることが認められる(被申請人の従業員就業規則七一条。)

申請人は「右准職員就業規則一五条一号の規定は実質的に女子の三一才停年という若年停年制を定めたものである」と主張し、被申請人は「右規定は職種別停年制を定めたものである」と主張して争うので、以下判断する。

1、(右条項は職種別停年制を定めたものであるか否かについて)

まず右一五条は単に「准職員の停年は職種により次のとおりとする云々」と規定している。したがつて同条は准職員について職種別に停年を定めた規定のようにみえる。

しかしながら〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一) 被申請人には昭和四五年五月以降約二六〇名の事務職員(うち一六名は女子)と約六〇名の女子事務雇員が勤務しているが、そのうちの一部の事務雇員は左記のように事務職員と同一内容もしくは同種の業務を担当している。

(1) 遠野支所勤務の事務雇員且井和子は次表のとおり北上支所勤務の事務職員藤原静江と同一内容もしくは同種の業務を分担している。

事務職員藤原の担当業務

事務雇員且井の担当業務

イ 経費予算の申請手続き

イ 同上

ロ 会計伝票の作成および証憑書類の処理

ロ 同上

ハ 会計報告書の作成提出

ハ 同上

ニ 郵便物の受付発送

ニ 同上

ホ 新聞書籍の購入整理

ホ 同上

ヘ 用度品の調達管理および所管文書の整理、保管

ヘ 郵券の受払いおよび用度品の調達管理

ト 現金預金の出納管理

ト 同上

チ 購買代金決済確認

チ 供給代金引落の業務

リ 政府売渡品目の売渡日報作成および代金振込事務

リ 主要食糧卸売業務の事務処理

(2) 一関支所勤務の事務雇員高泉ひで子は次表のとおり花巻支所勤務の事務職員小笠原静子と同一内容もしくは同種の業務を分担している。

事務職員小笠原の担当業務

事務雇員高泉の担当業務

イ 経費予算の執行手続、現金預金の出納管理

イ 同上

ロ 会計伝票の作成、証憑書類の整備報告

ロ 同上

ほかに会計諸報告の作成提出

ハ 文書送受等所内庶務に関すること

ハ 同上

ニ 切手印紙の受払管理

ニ 同上

ホ 購売代金の取立依頼書の仕分、配布

ホ 同上

ヘ 販売品精算書の仕分、配布

ヘ 同上

ト 政府売渡品目の手数料、保管料等の請求事務

ト 政府売渡品の売渡日報の作成

報告、代金の振込事務

チ 用度品の調達および管理

チ 電話の使用管理

リ 所管文書の整理保管

(3) 本所経理課所属の事務職員沢村クニは「自主流通米の精算に関する業務」を担当しているが、同課所属の事務雇員氏家敏子は「園芸農林関係および畜産関係の精算に関する業務」を担当している。(両者はいずれも精算に関する業務で取扱品目が異るだけである。)

(4) 本所経理課所属の事務職員村里玲子、同五枚橋美弥子はそれぞれ入力に関する業務、取扱品目の棚卸業務、関係帳票の整理保管の業務(村里は生活関係、五枚橋は農業機械、設計建築、燃料、運輸車輛関係)を担当しているが、同課所属の事務雇員酒井訓子は飼料関係の入力に関する業務、同品目の棚卸業務、関係帳票の整理保管業務を担当している。(両者は取扱品目が異なるだけで業務内容はまつたく同一である。)

(5) 本所畜産技術課所属の事務職員及川正規は乳牛登録に関する業務、証明書の発行および事故処理に関する業務を担当しているが、同課所属の事務雇員藤沢綾子は和牛登録に関する事務、証明書の発行および事故処理に関する業務を担当している。(両者は取扱う牛の種類が異なつているだけで業務の内容はまつたく同一である。)

(二) また被申請人の職場内においては、左記のとおりそれまで事務職員が担当していた業務を事務雇員が引継いで担当する例と、逆にそれまで事務雇員が担当していた業務を事務職員が引継いで担当する例とがある。

(1) 遠野支所勤務の事務職員高山くにが他に転出したあと、それまで同人が担当していた業務を事務雇員の且井和子が引継いで担当している。

(2) 申請人は昭和三九年四月(当時は臨時職員であつた)、本所財務課に配置されたが、その際それまで事務職員の金子キエが担当していた現金出納業務を引継ぎ、以後三年間位担当した。

(3) さらに申請人は昭和四二年四月本所米麦課に配置替えになつたが、その際、それまで男子の業務職員が担当していた業務の一部を引継いで担当した。

(4) 事務職員の佐々木愛子は昭和四四年項本所財務課から本所農業機械課へ配置替えになつたが、その際それまで事務雇員の田村洋子が担当していた業務を引継いで担当している。

(5) 本所財務課所属の事務職員斉藤幸子は昭和四五年春頃、それまで自分が担当していた借入事務、手形授受、小払資金、積立金に関すること等の業務を事務雇員の小野治子に引継いでいる。

以上(一)、(二)の認定を覆すにたりる証拠はない。

右のとおりであるから事務職員と事務雇員の職務は明確に区分されている旨の被申請人の主張はとることができず、したがつて、前記准職員就業規則一五条一号の「事務雇員は三一才をもつて停年とする」旨の規定は職種別停年制を定めたものであるとの被申請人の主張もまたとることができない。

なお、被申請人は右の点に関し、「事務雇員と事務職員とが同一内容もしくは同種の業務を担当する場合があるとしても事務職員のほうが事務雇員よりも重い責任を負わされている」旨主張し、証人安ケ平義夫、三浦智一の各証言中には右主張に副う部分があるけれども、前記認定のとおり事務雇員は事務職員と同一内容もしくは同種の業務を一人で担当する場合があるほか、事務職員との間で相互に担当事務の引継ぎをする場合もあるのであるから、右のような場合に被申請人が事務職員に対して事務雇員より重い責任を負わせているものとはとうてい認めることができず、したがつて前記各供述部分は採用することができない。

2 (准職員就業規則一五条一号は女子を対象とした若年停年制を定めたものであるか否かについて)

(一) まず、被申請人は毎年春定期的に新学卒者を対象として事務職員等一般職員の募集(形式としては見習職員の募集)を行なつているが、その際応募資格者から女子を除外していることは当事者間に争いがない。(したがつて女子が被申請人に雇傭されるのは准職員として採用される場合に限られることとなる。)

(二)  そして前掲1掲記の各証拠と証人平沢清の証言によれば、次の事実が認められる。

被申請人において准職員制度が採用されて以来、女子の准職員(事務雇員を含む)が一般職員(事務職員を含む)に登用された例はまつたくなく(被申請人は登用した例がある旨主張するが本件全証拠によつても認めることができない)、これに反して准職員制度採用時事務雇員となつた男子はその後例外なく全員が事務職員となつており、また右制度設置後事務雇員として採用された男子は採用時から一年未満で例外なく全員が事務職員に登用されている。

右認定を覆すにたりる証拠はない。

右(一)、(二)のとおりであるから男子の事務雇員が准職員就業規則一五条一号の適用を受けることはなく、結局右条項の適用を受ける事務雇員は女子に限られることになる。

右のようにその運用の実態によつてみれば、右条項は実質的には女子の事務雇員等に限り三一才をもつて停年とする旨のいわゆる女子の若年停年制を定めたものであると認めざるをえない。

三、次に右認定のとおり実質的女子の若年停年制を定めた准職員就業規則一五条一号の規定の効力について判断する。

申請人は前記条項は女子を女性なるが故に差別待遇するものであつて憲法一四条、労働基準法三条、四条に違反するので無効であり、仮にそうでないとしても右条項は公序良俗違反となり無効である旨主張する。

1、まず憲法一四条一項は「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別されない」と規定している。しかして右規定は国家と国民との関係における法の下の平等を規律するものであり、本件のような私人間の法律関係を直接規律するものではないから右規定は本件には適用がないと解するのが相当である。

2  次に労働基準法三条は国籍、信条または社会的身分を理由とする差別を禁止し、同法四条は性別を理由とする賃金の差別を禁止している。

しかして右労働基準法三条、四条が前記憲法一四条一項の規定を受けて私人間の法律関係をも規律するために設けられた規定であることからすれば、本件について右労働基準法三条、四条を適用する余地がありそうに思われる。しかしながら同法一一九条は同法三条、四条違反の使用者に対する罰則を定めているのであるから、罪刑法定主義の建前からして右条項を拡張して解釈することは許されないものというべきである。してみると労働基準法三条、四条は性別を理由に賃金以外の労働条件について差別することを直接禁止の対象とはしていないものと解するのが相当である。

3 ところで前記のように憲法一四条一項は私人間の法律行為を直接規律するものではないけれども、私人間相互の関係において性別を理由とする合理性のない差別を禁止することは憲法を初めとする法の基本理念であるといわなければならない。

右のような観点に立つて労働基準法をみるに、前記の同法三条、四条は性別を理由に賃金以外の労働条件について差別することを直接禁止しておらず、却つて同法一九条、六一条ないし六八条等は女子の保護のため、男子と異る労働条件を定めていることが認められる。しかして右のような労働基準法上の諸規定を斟酌すると、同法は性別を理由とする労働条件の合理的差別を許容し、その反面前記したような法の基本理念に鑑み、性別を理由とする合理性を欠く差別を禁止しているものと解される。そしてこの禁止は労働法上公の秩序を構成するものと解されるから、労働条件について性別を理由とする合理性を欠く差別を定める就業規則は民法九〇条に違反し無効となるというべきである。

これを本件についてみるに、本件の停年制の内容は一般職員(事務職員を含む)の停年が五五才であるのに対して、女子の事務雇員の停年は三一才と著しく低いものであり、かつ三一才以上の女子であるということから当然に企業に対する貢献度が低くなるとは言えないから、他にこの差別を正当づける特段の事情のない限り著しく不合理なものとして民法九〇条違反として無効となると解すべきである。

被申請人は差別を正当づける特段の事情として(一)事務雇員はもつぱら単純、補助的業務を担当し、専門的知識や経験を必要とする業務を担当する事務職員と職務において明確に区別されているからその雇傭、管理が事務職員のそれと異なることは当然であるし、被申請人においては現在事務雇員が担当している単純補助的な業務を将来電算機を導入することにより解消してしまうことを目標とし、現在の事務雇員を将来事務オペレーター等の補助職に配置転換することを前提として労働条件等を定めており、停年の基準についても右のような補助職への配置転換が可能な範囲で定めているものである旨主張する。

しかし事務雇員でありながら事務職員と同一もしくは同種の業務を分担している例のあること(したがつて両者の担当する業務が明確に区分されているとは言えないこと)は前記認定のとおりであるから、被申請人の右主張はその前提を欠き、とうてい採用することができない。のみならず、証人平沢清の証言によれば、被申請人は女子事務雇員についてはその潜在能力に期待していないうえ、その能力開発も考えていないことが認められ、しかも、三一才を越える女性(事務雇員たる場合)がその能力において低下をきたすということは何ら合理的根拠を見出しえないものである(被申請人はこの点については何らの資料を提出していない)。以上の点を考え合わせると、被申請人は女子の若年労働力のみを低賃金で使用するという考え方が根底にあつて、本件三一才停年制を定めたものといわざるをえない。

以上の次第であるから、女子事務雇員の停年を三一才とし、一般職員(事務職員を含む)五五才停年と差別する准職員就業規則一五条一号の規定は著しく不合理なものであり、民法九〇条に違反して無効であるといわなければならない。なお、事務雇員等の停年を三一才と定めた昭和四四年三月二五日の被申請人と労組との間の協定も同様に無効である。

そうするとその余の申請人の主張について判断するまでもなく申請人はなお被申請人に対し雇傭契約上の権利を有することが明らかである。

四、しかして被申請人が申請人を従業員として扱わず、かつ申請人に対し昭和四五年五月分以降の賃金の支払をしないことは前示のとおりであり(なお賃金の額が被申請人と労組との間の昭和四五年五月二日締結の協約により同年四月分以降月額三万二、九〇〇円となつていること被申請人における賃金支払日は毎月二一日であることは当事者間に争いがない。)、また申請人の夫は現在会社員として一カ月四万五〇〇〇円程度の収入を得ているが、長男(三才)のほかに、病弱な夫の姉をも扶養していること、したがつて申請人の本件賃金収入がなければ申請人とその家族の生活を支えることが困難な状況にあることが認められるので、申請人の賃金額について保全の必要性があるものと認める。

よつて、本件申請は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(石川良雄 片岡正彦 鈴木勝利)

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